4月のおはなし ~初心者の心がまえ~

4月になり、年度が改まりました。寛永寺では境内の幼稚園に新園児を迎え、上野の桜・さらにはお釈迦さまのお誕生(4月8日)を祝う「花まつり」が行われるなど、一年でももっとも華やかな季節です。幼稚園だけでなく、新入生・新社会人のお参りも多く、境内でも初々しさを感じます。

ところで、お経にも「初心者」が対象になった表現がいくつも見られます。天台宗を中国で開かれた天台大師は、私たち天台宗で大切にする『法華経』の内容についてさまざま説明されています。その中で私たち天台宗の僧侶が日常の法要でよくお唱えする一節を、天台大師はとても重視されました。その理由が「初心の行者が重々理解しておくべきだから」というのです。この内容は長々と説かれるのですが、その第一に説かれることが「堪え忍ぶ場にいて 言葉を優しくする」ことです。では、①堪え忍んで ②言葉を優しくすることを、なぜ初心者は理解しなければならないのでしょうか。

初心者は、さまざまな困難にぶつかることがあるでしょう。時には理不尽なことに対して、歯を食いしばることになるかもしれません。これが「堪え忍ぶ」という意味になりますが、ひたすらがまんするだけでなく、お釈迦さまは「言葉を優しくする」ことを同時に勧めるのです。

堪え忍んでいる時に、言葉を優しくするなんてとても難しいことのように思います。しかし、優しい言葉をかける余裕がどこかにあれば、堪え忍ぶなかに新たな光明が見いだされるかもしれません。こうしたお釈迦さまの視野の広さと懐の深さを、天台大師はことのほか重視されたのです。

ただし、お釈迦さまは初心者に無理難題を押しつけているわけではありません。あらゆる人に対して、お釈迦さまはこんなことをおっしゃっています。

もし法を聞くこと有らん者は 一として成仏せざる無し
(もしお釈迦さまの教えを少しでも聞くことができた者は 誰もが成仏できるのです)

『法華経』方便品

お釈迦さまの教えに護られた世界の中に私たちは生きており、また初心者への目配りを忘れなかった天台大師がさらに護ってくださっているのです。初心者のみなさん、存分にご活躍下さい。またベテランのみなさんも、ぜひ「初心」を思いだす新年度にしていただきたいものです。